【聖杯たちの騎士】「つまりエモすぎて眠くなったのである。」

『クリスチャン・ベイル』、『ケイト・ブランシェット』、『ナタリー・ポートマン』。このビッグネームが出演する映画「聖杯たちの騎士」を観に行った。事前に映画評価を見るのは野暮な事だと思いつつ映画をクリップできるアプリケーションで検索して見ると「眠くなった」「結局何が言いたいのかわからなかった」「意味不明」となかなかの低評価。高評価している人もいるのだが、そういった人達は映画マニアかもしれない、と疑いながら上映がスタートした。

 

聖杯たちの騎士』(原題: Knight of Cups)2015年 アメリカ合衆国

story


映画脚家としてハリウッドで成功したリック(クリスチャン・ベイル)は豪邸やセレブたちのパーティ、誘惑的なクラブ、華やかで享楽的な世界を過ごしていた。しかし、そのような生活の中でリックは「何故私はここにいるのか」「ここではないどこかへ行きたい」と感じていた。そして自分を見失ったリックは6人の女性との出会いへ導かれていく。

 

 

老いた父と将来の可能性を諦めてしまった弟との関係、女性達との関係が同列に進み、ストーリーは途切れ途切れで、全貌が掴めない。劇的な出来事がなく、アンニュイな雰囲気と寂しげなリックの顔が印象的だった。もちろん関係はどの女性も長続きしない。

 


 

Knight of Cupsという名前通り、この映画では『聖杯』は女性達を指し、『騎士』は主人公のリックを指す。「cups」(カップス)と複数形を用いていることから複数の女性を手にした「knight」は女たらしという意味にもなる。聖杯はキリストの血を受けた杯であるが、この映画では聖杯と女性など、複数の意味を含んでいる。ヨーロッパで語られてきた、聖杯伝説を女性に置き換えている感じもした。

「別の人間の人生を歩んできた」という語りが劇中にある。はっきり繋がらない断片的な記憶の映像が流れ、リックが水の中に飛び込むシーンが繰り返される。他人事のように流れる生活の中で、新しい世界を望みながら死と再生の儀式を何度も行う。

 

 

断片的かつスローモーションに流れる映像の中で、度々人の背中が映し出されスクリーンの中の人物と同じ目線になる。映像は美しいし、出てくる女性はみんな美女。オチを期待して見てたら、最終的に裏切られる結果。落ちはないからって感じなのかも。

見た人はこの状況を把握できず、それがリックの人生と重なる。結局「あれは何だったんだ?」と思った。

中盤を過ぎたあたりで館内の色んな所から「ガタッ」「ドスッ」という音が聞こえてきた。何となく分かった。つまりエモすぎて眠くなったのである。